君はかつて少女だった

僕はバーテンダーをしている。

賑やかな駅前から少し離れたオフィス街の中にある小さなバーで。

BGMはジャズ、特にこだわりがあるわけではない、オーナーの方針なのだ。

忙しいお店ではないけれど、特別暇なわけでもない。

いろんな人がやって来て、酒を飲み、話をして、帰っていった。

僕はそこでカクテルを作り、簡単な料理を作り、いろんな人の話を聞いた。

 

ある日、1組の男女がカウンターにやって来た。

男のほうは40歳くらいで、仕立てのいいネイビーのスーツを着ていた。

女のほうは20代半ばくらいで、キャメルのセーターにゴールドのイヤリングが印象的だった。

カップルというわけではなさそうだった。

職場の上司と後輩というわけでもなさそうだった。

それ以上は特に詮索しない事にした。

ここには色んな男女がやってくるのだ。

彼らはカウンターに座っているので、否が応でも彼らの話し声は僕の耳に届いた。

しかしいちいちそんな事を気にしていたらバーテンダーは務まらない。

僕は彼らの声を意識からシャットアウトしようとした。

だけどその日は何故かそれが出来なかった。

 

カウンターに座っていたのは間違いなく君だった。

最初は別人かと思った、化粧も、髪型も、あの頃とは全然違っていたから。

だけど、その声、その仕草、あの頃と変わらないままだ。

君に気が付いたとき、僕は拭いていたグラスを落としそうになった。

君は僕に気が付いているのだろうか。

隣に座る男と楽しそうにお喋りする君。

僕の事なんて気にも留めていないようだ。

当たり前か、僕も歳をとったし、あの頃とは違う。

僕は深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

 

男が電話のため席を立つ。

手持ち無沙汰になった君は、僕の後ろにある酒瓶をぼんやり眺めていた。

僕は君の視線を追っていた。

視線を感じた君は、僕のほうをちらりと見る。

目が合った。

君は少し驚いた顔をした。

その後で、僕ににっこりと微笑んだ。

君は何か言いかけたが、ちょうど男が電話から戻ってきた。

電話から戻った男はそのまま会計を済ませた。

そして君を連れ、店から出ていった。

帰り際、君はまた僕ににっこりと微笑みかけた。

幾千の言葉よりも雄弁に、全てを物語る笑みだった。

 

若さというのは、無鉄砲で爆発的な光だ。

その輝きは、コントロールできない。

あの頃の君はいろんなものを巻き込み、いろんな人を、そして自分自身を傷付けた。

だけど、長い時間をかけて君はその輝きを上手く扱えるようになったみたいだ。

久しぶりに会った君は、秘密や、孤独や、傷や、寂しささえ包み込む優しい光を放っていた。

君はかつて少女だった。

そしていつの間にか、君は女になっていた。

僕はあの神秘的な微笑みを、きっと一生忘れることが出来ないだろう。

 

帰り道、いつもは寄らないコンビニで350mlの缶ビールを買う。

冷たい夜風を浴びながらプルタブを開ける。

プシュッという気持ちのいい音が響いた。

その瞬間、何かが吹っ切れたような気がした。

僕は君との小さな再会と、君との思い出のためにささやかな祈りを捧げる。

そして、一息にビールを飲み干した。 

 

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