Nirvana "Lithium"と双極性障害(躁うつ病)
ニルヴァーナというバンドがいた、もはや説明は不要だが、90年代オルタナティブロックシーンのまさに象徴ともいえるバンドだ。フロントマンのカート・コバーン、ベースのクリス・ノヴォセリック、ドラムのデイヴ・グロール、この三人の鳴らす攻撃的でしかしどこか飄々としたサウンドはグランジと呼ばれ、当時の若者から絶大な支持を受けた。彼らの代表的なアルバム「ネヴァーマインド」のジャケットは、きっと誰もがどこかで目にしたことがあるのではないだろうか。
その「ネヴァーマインド」に「リチウム」という曲が収録されている。けだるいカートのギターリフから始まり、デイヴがクローズドリムショットで静かにビートを刻む。「僕は今ハッピーだ、なぜなら新しい友達を見つけたからね、そいつは頭の中にいるんだ」と不穏な歌詞がつぶやくように歌われる。緊張感が最高に達したところでデイヴのドラムが合図のように大きく打ち鳴らされ、歪んだギターとカートの歌声が印象的にリフレインされる。そしてまた静寂が訪れ、不穏な歌詞が続いていく。構成自体はシンプルだが、ニルヴァーナは静と動の対比で曲を魅せるのが神がかり的に上手だった。
リチウムは躁うつ病(双極性障害)の治療薬としても知られる。僕も一時期処方されていた時期がある。日本ではリーマスという薬名で処方される。味はなんとも形容しにくい独特の風味で、乱暴に一言で表すならば「クリーミー」な感じがする。カート・コバーンも躁うつ病に苦しんでいたらしいが、明確なソースが見つからない。だが、この「リチウム」は彼のそんな躁うつ的な気質が、前述した静と動の対比と歌詞(この曲の主人公は感情の変化が激しい)によって見事に表現されていると言っていいだろう。
躁うつ病は文字通り「躁」の状態と「うつ」の状態を行ったり来たりする病だ。躁状態になることを躁転と呼んだりする。うつ病の患者に比べて、躁うつの患者は自殺のリスクが高いと言われる。うつ状態のときには死ぬのも嫌になるくらい動けない状態が続くが、躁転すると気分が爽快になり、よっしゃ、自殺でもするか!というような気分になるからだ。
カート・コバーンは1994年の春、ロヒプノールとシャンパンを過剰に摂取した後、銃で頭を撃ちぬいて自殺した。ヘロイン中毒、妻コートニー・ラブとの関係、無神経なメディア、ファンからの期待などで、彼のメンタルは相当に疲弊していたに違いない。どんな病気にも言える事だが、本当に苦しんでいる人に必要なのは適切な治療と、それ以上に、周囲の人の理解と支援である。当時の彼を心から理解し、支えてくれる人がいれば、彼は自殺という選択をしなくて済んだかもしれない。
I like it, I'm not gonna crack.
I miss you, I'm not gonna crack.
I love you, I'm not gonna crack.
I killed you, I'm not gonna crack.
「リチウム」の終盤、この歌詞がリフレインされる。俺は壊れていない。そう繰り返すカートの歌声には、どこか悲痛な面持ちが感じられる。
※2018年3月、小説の形で僕の臨死体験をまとめました。よかったら読んでみてください。