ある地球人の感情の記録 #1:嫉妬

「その時の衝撃は、とても言葉で言い表せるようなものではありませんでした。私の耳元で誰かが大きな大鼓を打ち鳴らしたような気分で、最初何が起こったのか全くわかりませんでした。しかし、間違いなく、その時、目の前にはAと、 Mがいたんです。それは間違いありません。私はMとそれなりに仲良くやってきたつもりでした。仕事が終わればよく飲みに行き、他愛もない話をして、共通の知人の悪口なんかを言い合ったり、バーで出てきた付け合せのピクルスの不味さに悪態をついたり。とにかくそんなような当たり前の友人同士であったはずなんです。私はMに心を許したとまではいいませんが、一緒にいて少なくとも居心地の悪さを感じるような相手ではありませんでした。」

 

―被験者ここでしばらく沈黙、心拍数、脳波共に異常なし―

 

「それなのになぜ、あの時…!ああ!こんな事を口にすると、何か私の中で大事なものが崩れ落ちそうな気がします。こんな気持ちを抱いた私を、神様は決して許してはくれないでしょう。私は罪を犯しました。誰かを殺めたり、血が流れたりしたわけでは無いんです、ただ、私の中の心の地下室といいましょうか、心の奥の底の方でひっそり眠っていた何かが、その大鼓の音とともに目を覚ましたのです。そして、その何かは私に取り憑き、今でも確かに生きて呼吸をしているのです。そして、そして、確かに、確かに…!あのときAはMと一緒にあんな事を…!ああ!私は罪人だ!ああ、そして確かにAも、Mも、皆罪人だ!私を殺してくれ!こんなのはもうたくさんだ!おい!ここから出せ!ここはどこなんだ!!」

 

―被験者錯乱につき記録を一時停止―

 

 

―テープ再開―

 

「白状しましょう、私はAに対してある欲望を抱いていました。Aを何としても手に入れたいと思いました。誰にも見せない笑顔を見せてほしい。食べてしまいたいとさえ思いました。Aと性的に交わり、もっと高い次元で一つになりたい。そして、決して二度と離したくない。そんな事ばかり私の頭の中で繰り返し反響してくるのです。食事を摂っていようと、シャワーを浴びていようと、周到で小賢しい悪魔のように、こういった欲望が私を支配しました。私はAの残像が放つ強烈な光にあてられ、半ば放心状態で日々を過ごすようになりました。そんな私を見て周囲の人は最初気味悪がりましたが、事情を話すと皆一様に失笑しました、それはただの恋煩いだと、お前は夢を見ているだけなんだと。」

 

「私はその時、街の広場を歩いていました。細々したものを買い出しに行った帰りのことでした。私は広場のモニュメントの前で立っているAの姿を目にしました。友達との待ち合わせなのでしょうか、しきりに腕時計を確認していました。私の心臓は高鳴り、逃げ出したいような、今すぐ声をかけたいような、相反した気持ちを覚えました。しかし私はしどろもどろになりながら、遠巻きにただAを見ていることしか出来ませんでした。しばらくそんな状態が続きました。すると、Aは誰かを見つけたようでした。そして、次の瞬間、忘れもしません、Aは私が今まで見たことも無いような素敵な笑顔を浮かべました、それは間違いなく私が手に入れたいと思い、焦がれ続けてきた笑顔でした。私はこの笑顔を求め続けていました、一番大事な事は…ああ…神様…その笑顔は……その時、私ではない何者かに向けられていたのです…私はAの視線を追いかけました…そして、そこにはMが居たのです。頭の中で大きな大鼓が打ち鳴らされました。」

 

―被験者の心拍が上昇、著しい感情の変化が見られる、サンプルとして適当なレベル、これ以上の追求は不要―

 

「もういいでしょうか、私は少し疲れました。あなた方にお話できるのはこれぐらいしかありません。あなた方の目的は私にはわかりません。私はあなた方に言われた通り告白をしたつもりです。でも、一つ言わせてください、こんな事、私が改めて言わなくても、あなた方にはしっかりわかっているはずですよ。何故なら私があの時感じたあの気持は、私たち全員が確かに背負ってしまった罪そのものなのですから…」

 

―被験者退出、記録終了―